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2015年7月31日 (金)

演劇『海辺のカフカ』

朝から快晴の金曜日のニューヨーク。昨日の午後1時~5時まで降り続いたゲリラ豪雨が嘘の様です。でも、昨日の大雨のお蔭で数日続いていた息が詰まるような暑さは一段落して昨晩は久し振りに過ごし易かったです。本日は湿度はかなり下がるものの、最高気温は33℃まで上昇するそうなので、日除け対策と水分補給には気を配る必要がありそうです。

長いことブログをお休みしていましたが、その間とっても元気に活動していました。ただ、食器洗浄機からお皿を出そうとして誤って割ってしまい、その拍子に何故か指先をすっぱりと切り落としてしまい…。大した傷ではなかったのにも拘らず、非常に痛くてずっと片手で生活を送っていた関係でタイプができませんでした。今日は腫れと痛みも引き、やっとタイプができるようになりました。まだ濡らせませんが、概ね普通の生活が送れそうです。ご心配おかけした方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。

引き続き白人の警察官が黒人の命を大切にしていないのではないかという不満が高まる事件が続いており、ボランティア仲間達も「一体いつになったら物事はよくなるの?これだけ抗議デモが続いて、マスコミで取り上げられているにも関わらず全く状況が良くならないのはどういうことなの?」とストレスが溜まりに溜まって、気が落ち込んできてしまう人も多いよう。

でも自由民主主義以上に良いシステムを私は知らないので、こうやって皆で悩み続け、少しずつでも行動し続ける以上にやれることも分からず。社会に溜まりゆく憤怒と悲しみに触れる機会が増える度、危機感だけが募っていきます。
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さて、今回は随分時間が経ってしまいましたが、リンカーンセンターで鑑賞した演劇『海辺のカフカ』の感想です。
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たまたま用事でリンカーンセンターの前を通り掛ったら、興味を惹かれるコンサートののぼりが掲げられており。引寄せられるようにチケット売り場があるホールに入って、何気なくリンカーンセンター・フェスティバルのパンフレットを覗いたら、村上春樹氏の小説『海辺のカフカ』を蜷川氏が舞台化した物が上演されると記載されているではありませんか!

通常は大金を使う際には前もって夫の了承を得るのですが、この時ばかりはその場でボックスオフィスに直行。一番安いチケットがまだ売れ残っていたので即決で購入してしまいました。
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村上春樹氏の作品はとても好きで、新刊が出たら無条件に購入する数少ない作家さんの1人。蜷川幸雄氏の舞台は観たいと思いつつ機会を作ることができずにいたので、良い機会でした。夫は村上氏の作品を読んだことはありませんし、蜷川氏の舞台を観たこともありません。

原作が好きだと映画や舞台を観てがっかりすることが多いですし、原作では舞台が東京と高松・過去と現在で行ったり来たりしますし、あまり期待せずに出掛けました。が、結果は大満足で劇場を後にすることになりました。
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舞台は日本語で演じられ、舞台上に電光板で英語の翻訳が掲出される形でした。その為日本人は舞台に集中できましたが、日本語を解さない人達は演じる人たちを観ることができず少し不便だったかもしれません。が、それ程動きが大きい劇でもないので、劇を楽しむ事の妨げと迄はならなかったのではないかと感じました。

観客には多くの日本人がいらっしゃいましたが(ざっと見1/3~半分位?)、韓国人や中国人、英語を話す方々も多くいらっしゃいました。1人で鑑賞している人も散見され、きっと原作のファンなのだろうと推察しました。
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とはいえ、ニューヨークタイムズの芸術欄で大きく取り上げられていた事もあり、原作も蜷川作品も知らないけれど興味を惹かれて訪れた人達も居たようで。途中の猫殺しのシーンに耐えられなかったのか、現実と精神世界が交錯する不思議な世界観が受け入れ難かったのか、途中で席を立つ人もごく少数ながらいました。

猫殺しのシーンでは、周りの人達が小さな悲鳴を上げていましたし。カーネルさんのシーンでは眉をひそめる人達も。それでも概ね作品を楽しんでいたようで、上演後は会場の半分以上がスタンディングオベーションで盛大な拍手を送っていました。
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我々も大いに楽しみ。会場が寒すぎたのですが、後半は寒さも忘れて夢中で観劇しました。ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館からインスピレーションを得たというジオラマ(ショーケース)を使った舞台装置は斬新で効果的でしたし。原作の理屈っぽい、特徴的な暗喩や比喩も存分に使われていたので、村上作品らしさを味わえましたし。

猫が話すシーンやジョニー・ウォーカーさんやカーネル・サンダーズさんのシーンは笑えて、メリハリがあるのもシリアス一辺倒よりも大切なメッセージが伝わる気がしました。今年は個人的に観劇の当たり年ですが、その中でも1,2位を争う素晴らしい作品だったと、観終わった後2人とも大満足して劇場を後にしました。
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その後、ランチをしながら友人とこの劇について話したのですが、原作を読んだことがない彼女も大いに興味を持ったようでした。社会に生きながらも個として殺されないようにすること、『普通』、『みんな』、『正義』という名の暴力について、親からの独立、親の子離れ、タフさの定義、生きていくうえで損なわれてしまうものとそこから立ち直ること、戦争、等々この作品には普遍的なテーマが多く盛り込まれていて、文化や国を超えて考えさせられるものがあるのだと、年上のアメリカ人である彼女と話していて改めて感じました。

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