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2016年9月 4日 (日)

ブラチスラヴァへ日帰り旅行(前編)

重く雲が垂れ込めている土曜日のニューヨーク。今日は1日雨は降らないものの曇りの予報。最高気温は24℃と太陽が出ない分涼しくなるようです。

昨日フロリダに上陸したハリケーンが進路を北に向かっており、ニューヨークには日曜日に到達すると予想されています。そのため日曜日はビーチが閉鎖され、コーストエリアに近づかないよう注意が促されています。また海岸/河岸に住む人たちに対しては、洪水に対する備えをするよう呼びかけていますので、情報を収集して対応した方が良さそうです。

水曜日の午後9時頃、クイーンズの路上でバングラディシュ人の女性が胴体を刺されて路上に倒れているのが見つかったそうです。60歳の女性は死亡が確認されたとの事。現在のところ犯人は見つかっておらず、動機も不明。ですが彼女がヒジャブを被っていたことでターゲットにされ殺されたヘイトクライムであると遺族は訴えており、捜査もその方向で進んでいるようです。

働いていないので全然祝日が覚えられませんが、来週月曜日はレイバー・デー(Labor Day)で今週末はロングウィークエンド。周りの人達と話していたら、少し前までは「ビーチに行って太陽を最後に思いっきり浴びて来なきゃ!」とか張り切っていたのに、ハリケーンが近付くニュースが流れるにつれ、皆さんしょんぼり。この週末に儲けることを画策していた海岸近くのお店も悪い影響があるのではと懸念を露わにしているそうです。まぁ、連休中日にビーチが閉鎖されたら、そりゃ影響もあるでしょうね…。

とは言え、ボランティアに祝日はほぼ関係ないので、今年もボランティアして過ごす予定。夕食位出掛けようかな…。その頃には天気も落ち着いているのでしょうか?
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さて、今回と次回はウィーンから日帰りで訪れたスロバキアの首都ブラチスラヴァ(Bratislava)の旅行記です。とは言え、交通手段として利用したフェリーについては別記事としますので、街の観光についてだけです。
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ブラチスラヴァについては観光ガイドブックも持っておらず、全然情報収集せずにぶっつけ本番状態で訪れました。そのため流石に基本的な歴史や見所を教えてくれるツアーにのった方が良かろうと、フェリー会社が提携している観光トロリーに申し込み。最初はトロリーで街を回りました。
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結果、観光名所の1つであるブラチスラヴァ城が少し離れた小高い丘の上にあったので、トロリーを利用して正解でした。流石に5時間しか滞在しない短い日帰り旅行で、あの距離の上り坂を登るのは厳しかったと思われます。また、最初に見所とその位置関係を頭に入れられたのも良かったです。
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トロリーに乗ってつくづく思ったのが、自分がスロバキアの歴史や一般的な知識が全くないこと。歴史の説明を聞いて受けた印象としては、オーストリア=ハンガリー帝国に属していたことに誇りを持っており、反対に共産主義国家だったことには全く触れないという感じ。あくまで私の受けた印象ですが…。少なくとも現在観光の中心となっている旧市街はオーストリア=ハンガリー帝国時代の建物・建造物が多く残っている地域のようです。
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ツアーはトロリーに乗って案内してくれる部分が約1時間(内、ブラチスラヴァ城で15分間位下車して城の見物あり)、旧市街内の徒歩でのガイドが約30分位でした。トロリーでは車内放送で選択した言語での説明を受けることができますが、日本語は選択肢に入っていませんでした。そのため英語を選択しました。
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ツアーではスロバキアは工業・商業が発展した国であり、第一次産業に従事する国民が占める割合は低い旨が強調されていました。発展途上国だと思って訪れる観光客が多いのでしょうか?そのためか、歴史ある建物だけでなく近代的な建造物もツアーに組み込まれています。これはスロバキアラジオのビル。

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ブラスチラヴァ城への門は、マリア・テレジアの女帝への就任を記念して造られたとの事。

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城の4隅に建つ塔は、有事の際にハプスブルグ家の宝を戦火から守るための倉庫として使用されたそう。高台にあって、市街地から少し外れており、いかにも頑丈そうな建造物なので、ぴったりそうです。

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ブラチスラヴァ城は高台に建つため、眼下にドナウ川とブラスチラヴァの新市街地が一望できます。

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対岸に見えるこんもりとした森は、チェコスロバキア社会主義共和国時代にオーストリアとの国境地帯での紛争を避けるための緩衝地帯して設定された地域。紛争を避けるために開発されなかったため、現在も緑地帯としてそのまま残されているとの事でした。結構生々しい…。

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こちら側にはオイルのパイプラインが通る地域があり。そのため石油の精製所があるそうです。因みに目の前の橋に併設されているUFO型の展望デッキはこの市で一番高い建造物らしい。上にレストランやお土産物屋さんが併設されており、橋を渡っていくと根元からエレベーターで上がれるとの事。1993年1月1日にチェコスロバキアから分離独立したことを祝って建造された橋&展望デッキだ・・・と言っていたと思ったのですが、建造は1971年。じゃぁ、何の記念に建てられたのでしょう?

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トロリーを降りたら、旧市街のウォーキングツアー。この日はとても暑かったので、あちこちにミストを噴射する機械が設置されていました。

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色々説明を受けた割にはすっかり忘れているのですが…(多分The Slovak National Theatre - Opera & Ballet Houseですね)。この建物は劇場だったと記憶しているのですが…。前にあった噴水が亀、カエル、ザリガニ(ロブスター?)等、一風変わった生き物で飾られていて不思議でした。

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昔城壁があった場所が、現在はちょっと高級そうなレストランが並ぶ石畳の道となっています。一部だけ昔の石組みが残され覗けるようになっています。

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広場は広々と気持ち良く、市民と観光客の憩いの場。

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