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2017年4月25日 (火)

ナショナル・モール観光①

既に雨が降っている火曜日のニューヨーク。今日は1日雨が降ったり止んだりの天候で、午後6時過ぎから浸水注意報が出されているそうですので、ご準備の上お出掛けください。最高気温も13℃と涼しいようなので、温かい格好をしたいと思います。

昨日の午後3時15分頃、バテリープレイス近くの歩道で通行人2人が流れ弾に当たって負傷する事件が起こりました。2人の男が口論をしていたのが目撃されているため、内1人が発砲して、偶々通り掛かった2人が流れ弾に当たったとみられるそうです。近くには学校もある地域で真昼間に起きた発砲。早急に犯人を捕まえて欲しいです。そして何度も言いますが、何故銃規制が進まないのでしょう?
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さて、今回から少し前にロングウィークエンドに泊りがけで観光してきたワシントンDCの備忘録になります。また開花状況をお知らせする以外は、暫くニューヨークの話題が出てきませんので、予めご了承ください。
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ワシントンDCは、金曜日~日曜日の2泊3日の短い滞在だったのですが、密度の濃い楽しい旅行になりました。2人とも2回目の訪問だったのですが、いかんせん随分昔に日帰りで訪れただけだった為、ほぼ初めてと同じ状態。その為、今回もウォーキングツアーに毎日乗って、基本的な情報を学んでいる内にあっという間に帰宅の日になってしまいました。
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今回は到着した日に参加したウォーキングツアーで巡ったナショナル・モールの備忘録になります。思いの外長くなってしまったので、2回に分けてお届けします。
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ナショナル・モール(National Mall)は、アメリカ合衆国の首都であるワシントンDCの中心に位置する国立公園。広い芝生や池が長方形に広がり、その周りを20を超えるスミソニアン博物館群や国立美術館・博物館群が囲んでいます。ワシントン記念塔と国会議事堂を結ぶ地域を思い浮かべる方が多いと思いますが、コンスティテューション・ガーデンズ等も含むもう少し広範な地域を指すようです。
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ウォーキングツアーの集合場所はワシントン記念塔の近くでしたが、ランチの後時間があったので、アメリカ合衆国議会議事堂の辺りからのんびりと歩いてモールを見て回りました。
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とは言え、この日は最高気温が25度近い暑さで、ナショナル・モールは日陰が殆どありません。そのため、帽子とサングラスを忘れた私達はツアーが始まる前からばて気味。堪らず、ツアーが始まる前に屋台で冷たい水を2本買い足しました。日除け対策と水の準備はお忘れなく!水に反射するせいか、とても眩しいです。
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議事堂からワシントン記念塔までは歩くだけで約50分掛りました。だだっ広くて、これぞアメリカ!という感じ。私達は一通り見て回るだけで時間オーバーで、博物館や美術館、議事堂やホワイトハウスといった建物の中は全く足を踏み入れませんでした。
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しかし真夏等気候が厳しい折には、いくつかの名所に絞って、予約が必要な場所もあるので準備して、室内も組み合わせて回った方が体力的に楽かもしれません。ナショナル・モールにある博物館・美術館群は全て無料です。
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ワシントン記念碑(Washington Monument)は、アメリカ初代大統領であるジョージ・ワシントン氏が他界した際に、1776年の独立戦争を勝利に導き、加えてアメリカの分裂を防ぎ一つにまとめ上げた偉大なる指導者を称え「何か彼を記念する碑を建てるべきだ」という意見が巻き起こったために建造された塔。完成してからパリのエッフェル塔が完成する迄の数か月の間だけ、169メートルで世界で一番高い建造物の地位を保持したそうです。

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DCでは意思決定と建物の建造に必要以上の時間が掛るというのは一種の冗談のようになるほど繰り返す歴史らしく、このワシントン記念碑も例外ではなかったようで。竣工は1848年7月で一般公開は1888年10月。あまりに時間を掛け過ぎたために、途中で同じ石材が確保できなくなり、よく見ると塔の1/3辺りで色が変わっています。

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時間が掛っただけでなく、途中で資金も底を突き。「偉大なる指導者を記念する塔は国民が参加して作るべきだ」という意見に基づき、$1でも良いから寄付するよう呼びかけ、長い時間を掛けて募金を集めて作られたそうです。「参加してこその自由民主主義」という考え方は建国当初からの筋金入りなんですね。

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本来であればエレベーターで頂上部分にある展望台に登れる筈なのですが、現在は故障中です。2019年の春に再度登れるようになる予定との事。全ての事に時間が掛るワシントン文化はこんなところにも健在です。当初のエレベーターは登頂まで約20分掛ったそう。怖かったでしょうね…。

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ワシントン記念碑から第2次世界大戦記念碑に向かう道から遠くホワイトハウスが眺められます。遠くから眺めると思ったより小さく感じましたが、これは左右に広がるウエストウィングとイーストウィングが見えないためだそうです。1800年に建てられた際にはくすんだベージュ色だったそうですが、1814年米英戦争で焼失した後に再建した時、現在の輝くばかりの白い塗装が使われ、後に「ホワイトハウス」という愛称で呼ばれるようになったそうです(ルーズベルト大統領の時代まで正式名称であるExecutive Mansionが公式の場では使われていたそう)。

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ホワイトハウスの内部を見学するには、日本大使館を通じて要請を出す必要があるとホワイトハウスのHPには記載されていますが。日本国大使館の案内には

『ホワイトハウスホームページにて,外国籍(米国国籍以外)の方で,ホワイトハウスの見学を希望する場合は,ワシントンに所在する自国の大使館へ問い合わせるよう案内されておりますが,当館ではホワイトハウスの見学の申請を受け付けておりません。 一方,ホワイトハウスへの見学ツアーとは異なりますが,ホワイトハウスビジターセンターは,予約なしで入館することができます。センターの住所は1425 Pennsylvania Ave NWです。センターは,元日,感謝祭,クリスマスの祝日以外の毎日午前7時30分から午後4時00分まで開館しています。詳しくはセンターのウェブサイト(http://www.nps.gov/whho/planyourvisit/white-house-visitor-center.htm)をご参照ください。』

と記載されています。アメリカ国籍をお持ちであれば、ご自身の選挙区の議員さんを通じての要請になるとの事。パブリックツアーっていっても、一苦労なんですね…。

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第二次世界大戦記念碑(National World War II Memorial)は、2004年4月に一般公開された比較的新しい記念碑です。そもそも国の為に命を捧げた兵士を追悼する碑を建てるという発想自体がベトナム戦争戦没者慰霊碑が建つまで存在せず。ベトナム戦争戦没者慰霊碑が1982年に完成してから、初めて建設に向けての議論が始まったとの事。

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何故完成まで20年近い歳月が流れたかという事ですが、建設自体に賛否があったり。デザインで揉めたり。立地で揉めたり、と色々あったからだそう。中でも一番大きな反対意見がワシントン記念碑とリンカーン記念館が一線上にあり、両者が同時に見える景観を記念碑が遮ってしまうこと。その為、中央の噴水は一段低い場所に造られ、全体的に低く景観を遮らない形で建造されています。

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記念碑の南北には大西洋戦争と太平洋戦争を表現したアーチが建ち。中には陸・海・空・マリーンを表した4羽のハクトウワシが。

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其々のアーチの周りには、主な戦地が記されています。日本の部隊が玉砕した地も多くあり、とてもしんみりした気持ちになります。

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周りを囲む碑は、戦争に参加した州やアメリカ領だった領地(フィリピンとか)を祀っています。

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そしてこの記念碑の中心は戦死者を祀るフリーダム・ウォール。『自由を守るための代償』に感謝を捧げる為、4,048個の金色の星で埋め尽くされています。1つの星につき、100人の戦死者を祀っているとの事。

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これは第2次世界大戦中、家族が出兵している印として白地に青い星の旗を玄関先に飾り。もし家族が帰らぬ人となった場合には、金色の星の旗に替えて、言わずとも近所の人々に不幸なニュースを伝達したことに由来するのだそう。

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この記念碑の地下に降りる階段の所にいたずら書きのようなアートがあります。そのいたずら書きは『Kilroy was here』と書かれ、人が覗いているような絵がついています。私はツアーで急いでいた関係で写真を撮り損ねましたが、第2次世界大戦に縁のある落書きですので、是非チェックを。

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ベトナム戦争戦没者慰霊碑(Vietnam Veterans Memorial)が完成したのは1982年。2個の黒い花崗岩が真ん中で合さる、本を開いたような形の静かな印象の慰霊碑です。

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設計者は、21歳のイェール大学生だったマヤ・リン氏。イェール大学の教授が自身が出品するコンペティションにクラス全員の案を出品させ、成績をつけようと課題の一環として出品を呼びかけたら、一生徒の作品が思いがけず選ばれたのだそう。

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このデザインが選ばれた理由は、①黒い石に訪れた人の姿が映る為、自身の中に故人を見出せる事、②戦死者全員の名前が刻まれている為追悼に相応しいこと、③アルファベット順になりがちな個人の表記順を採用せず、死亡年月日順に並べることにより、一緒に戦い散って行った仲間と永遠に肩を並べることができること、④内省的で静かなデザインなこと、⑤戦死した日時がループになるように配置されており、それにより永遠に人々の心に止まり続けることを表現していること、⑥環境に馴染んでいること、等があったそうです。

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でも慰霊碑が公開された当初は批判が大きかったそう。それまでの慰霊碑の常識とかけ離れていた為、これではなんだか分からないとか。巨大な墓石みたいだとか。設計者が中国系アメリカ人であることとか。あまりにも批判が大きかったので、急遽3人の英雄像が追加して建造されたとの事。兵士を漏れが無く象徴するよう、白人・黒人・ラテン系兵士の3人が選ばれたそうです。

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大批判を浴びた慰霊碑ですが、遺族が個人の名前を鉛筆で写し取って持ち帰ったり。お花や食料、飲料、プレゼント等を備える人が後を絶たず。中には40年前のラブレターを大事にとっておき、供えにくる方もいらっしゃったそうです。全てのお供え物は大切に保管され、近年中に完成予定の記念館にて展示される予定との事です。

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アメリカ人の方と話していると、良かれ悪しかれ思い入れが強い慰霊碑だと感じます。色んな感情がこの場所に残されているのか、何故か凄く悲しく、泣きたいような気分になりました。なんだったんでしょう…。

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