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書籍・雑誌

2017年5月23日 (火)

チママンダ・アディーチェ氏のフェミニズムについての本

薄曇りの火曜日のニューヨーク。今日は1日晴れ時々曇り。午後所によっては雨が降る可能性が少しだけあるそうです。最高気温は22℃と昨日より上がりそう。ちょっと湿度も高そうなので、ムシムシするのでしょうか。

今朝は昨晩イギリスのマンチェスターで起こった自爆テロのニュースが大きく取り上げられています。10代の若者に人気があるバンドのコンサート後に起こった事件だったため、22人の犠牲者にお子さんも含まれている。負傷者も50人を超えるという報道で、犯人はまだ不明。使われた爆弾の鑑定も終わっていないため、全てがこれからというとのこと。この事件を受け、ニューヨークの各飛行場、公共交通機関、人が集まる場所では警戒レベルが上げられます。先日の車での突入事件もありますし、暫く人混みは避けた方が無難かもしれません。

と言っている傍から、夫が今晩弁護士さんと野球観戦です。お蔭で夕飯を作らなくともよく、丁度今日・明日と夜ボランティアの訓練があってバタバタしているので有難いと思っていたのですが。テロを怖がっても仕方ないとは分っていても、少し心配です。何事も起こりませんように。
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さて、今回は最近読んだチママンダ・ゴズィ・アディーチェ(Chimamanda Ngozi Adichie)氏の2冊の本の感想です。
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今年初めて開設された文学賞『One Book, One New York』。これはデブラシオ市長がニューヨーカー達に同じ本を読んで感想を語り合おう!と呼びかけて始まったプログラム。当該プログラムの今年の本として選ばれた本が『AMERICANAH』でした。

たまたまそのニュースを目にした週に、AIDSの人々を支援することを目的とするNPOが、寄付された本をほぼボランティアを使って販売するカフェ併設の本屋『Housing Works Bookstore Cafe』を覗いたら、『アメリカーナ』が半額で販売されているのを発見。私は1冊の本を読むのに1か月とか掛るので、図書館で借りるとプレッシャーが半端なく。夫には申し訳ないと思いつつ、専ら本は購入させてもらっていることもあり。これも何かの縁だと購入して読み始めました。
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『アメリカーナ』は未だに半分迄しか読み進められていないのですが。久しぶりに大興奮の面白さ。読み終わってもいないのに、思わず周りの人に勧めまくり。公園でバッグから取り出したら、隣に座っていた女性が目をとめ、「彼女は素晴らしい作家よね!私彼女の本を全部読んだわ!」と興奮気味に声を掛けられ。兎に角とても嵌って読んでいます。興奮しすぎて眠れなくなってしまうので、就寝前に読めないのが困る位。

私は好きな作家の本を片っ端から読む癖があるので、あまり幅広い本を読まない傾向があり。反省してここ数年は本屋さんで勧められたり、記事を読んで興味を持った本をランダムに読むように心がけていたのですが。我慢できずに、アメリカーナの著者であるチママンダ・アディーチェ氏が手掛けた本を2冊購入してきました。大好きな作家さんと町の本屋を応援する意味を込めて本を購入するのも、私がすると決めている贅沢の1つです。
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この2冊は本とはいっても、小冊子程の小さくて薄いもので、其々2時間で読み終わりました。その本は、2012年の演説を2014年に本にまとめた『We should all be feminists』と今年出版された、娘さんを授かった友達に出した手紙を本にした『Dear Ijeawele, or A Feminist Manifesto in Fifteen Suggestions』の2冊。両方とも彼女の男女平等についての考えをまとめたものです。

両方とも吃驚するような考えは書かれていません。何処かで読んだことがあるような、触れたことがある、ある意味知っているコンセプトしか出てきません。でも、読んでよかったと思わせてくれた本でした。何故なら自分としても、頭では理解していても実践できていない、心から思えていない事が沢山あったから。
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そして私は子供を作らない人生を選択したので子育てとは無縁なのですが、周りの友達が子供を育てる様を見て。特に娘さんに恵まれた友達が多いので、その様を見て。皆さん其々に工夫をして、性別に囚われない、その子自身の個性に根付いた子育てをしようと腐心する様を目にして、感心したり考えさせられることも多かったので、彼女の賢い言葉を読んで勇気づけられた気もしました。

この本を読んで初めて知りましたが、彼女自身も娘さんを持つ親なのだそうで。通常はあくまでも一人の著者として見て欲しいので、結婚して子育てをしている母親であることを前面に押し出していないのだという事も感じ取れました。でも、男女平等に情熱を注いでいるからこそ、今回ご自身の子育てエピソードを公開されているのでしょう。ナイジェリア出身の黒人・女性ではあっても、只の優れた一人の作家として見てもらえるよう人種差別(特にアフリカに対する固定概念)や女性差別と戦い続けている彼女ならではの、ウィットに富んだ、賢さと力強さに溢れた言葉が簡潔に綴られています。
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夫のニューヨーク赴任が決まった際、本当は一緒に着いてくるか迷った私。でも、夫婦が対等であるという事は、どちらがお金を稼いでいるとかそういう単純なことではないんですよね。ニューヨークに来て、人生で初めて専業主婦になって、やっと本当に男女が対等であることの意味が理解できかけている気がします(私は頭でっかちで、感情がなかなかついてこなくて、心から納得するのに時間が掛るタイプです)。

社会はまだまだ男女への拘りが強いですし、「男だから」とか「女だから」とかいう価値観を押し付けてきますよね。そんな中で子育てをするのは並大抵のことではないと思うのです。「妻なんだから」という価値観の押し付けは頻繁に感じましたが、母親であることの押し付けは妻なんかとは比べ物にはならないでしょう。
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理想と現実の狭間で押しつぶされそうな気持を抱えている親御さんも多いのでは?と想像します。そんな方は『Dear Ijeawele, or A Feminist Manifesto in Fifteen Suggestions』を手に取られては如何でしょうか?ちょっと勇気づけられるのでは?と感じました。

そして組織の中で、女だというだけでいらぬ苦労をして、悩んでいる女性は、『We should all be feminists』を読んだら少し元気が出るかもしれません。日本にいるとアメリカは男女平等が進んでいる国に思えていましたが、こちらに来てそうでもないと強く感じます。友達はよく、「私と同じことを男性の同僚が言っただけで、皆褒め称えるんだよね~。まだまだ男性クラブって感じ。」とか、「私と話す時だけ子供と話すみたいな口調になるの!こっちも成人した、プロフェッショナルだっていうの!」とかブーブー言っています。
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これら2冊の本を読んで、成功を収めているアディーチェ氏は成功を収めたからこういう意見を持ち、堂々と口にしているのではなく。確固たる意志を持ち、周りの人と軋轢を生む事を覚悟の上で堂々と意見を述べ、他人に媚びない言葉を磨き続けたから、作家として成功したのかもと感じました。

彼女が著書の中で、「何故私達はこれほど『世間』からの承認を必要とするのでしょう?」と問いかけてくるのですが、本当になんでなのでしょうね?SNSが発達し、一部の声が大きい人の少数意見が、まるで『世間』であるかのように喧伝されるいまの世の中。今一度立ち止まって、本当の音に耳を澄ませる大切さを改めて思わせてくれる良書でした。

2017年2月18日 (土)

本『The City of Falling Angels』

快晴の金曜日のニューヨーク。1日晴れの予報で、最高気温は6℃。とはいえ、午前10時時点でやっと氷点下から脱したところみたいですし、午後3時~4時の間以外は割と寒そうに見えます。本日も温かくして出掛けたいと思います。

今朝は『The City of Falling Angels』を読んでいて、スケジュールが押しています。これからボランティアに出掛たり、家事を済ませたりして、夜には出掛たい用事があるのでちょっと駆け足での備忘録です。
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さて、今回は前述の通りつい先程まで読んでいた本『The City of Falling Angels』の感想です。
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『The City of Falling Angels』は、日本では『ヴェネツィアが燃えた日 世界一美しい街の、世界一怪しい人々』という邦題で2010年4月20日に発売され。アメリカでは2006年9月に発表されました。著者はJohn Berendt(ジョン・ベレント)氏。有名な『真夜中のサヴァナ―楽園に棲む妖しい人びと』(Midnight in the Garden of Good and Evil)を書いた著者の第2作目です。

私は友人に勧められて旅行先にジョージア州サバンナを選んで、ガイドブックを探している時にたまたま『Midnight in the Garden of Good and Evil』の存在を知り。ガイドブック代わりの軽い気持ちで読んですっかり内容に魅了され。その後訪れたサバンナも、どちらかというと大好きな本で描かれた場所を実際に訪れるという趣になった去年があり。
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かといって、読みたい本が積読状態になっているので、その後ジョン・ベレント氏の著作を片っ端から読もうという感じにもならず、今に至っていました。が、去年末お気に入りの古本屋で旅行のガイドブック・訪れる国のエッセイが無いかと何気なく該当の棚を眺めていたらジョン・ベレント氏の著作が目に入り。

手に取ってみたら、『Midnight in the Garden of Good and Evil』と同じような、フィクションに限りなく近いノンフィクションというスタイルでイタリアのヴェネツィアについて書いた本だと知り。価格が$5位だったこともあり、思わず購入。新年に入ってから雑誌やニュースを読む合間にちょびちょびと読み進めていたのですが、今週夫が出張で不在で時間があった事から一気に読了しました。
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読後の感想は、やっぱり面白かった!大満足!の一言。私はベレント氏の著作スタイルがとことん好きみたいです。ジョージア州サバンナ同様、イタリアのヴェネツィアも私は訪れたことが無く(イタリア自体に足を踏み入れたことがありません)。この本を読むことによって初めてヴェネツィアを訪れたような疑似的な体験ができたような気分でした。

サバンナと違って、ヴェネツィアは映像で沢山見たことがあるので想像もし易かったのだと思いますが。それにしても、1日の内何回も水位を変える運河、15分毎に聞こえる教会の鐘、秋から春に掛けて街を覆う霧、曲がりくねった細い道、ヴェネツィアが長い間苦しんだ経済不況によって不思議な位昔のまま守られた古い町並みが巧みに描写されていて。今回も本を読み終わった後、凄くヴェネツィアを旅したい気分で一杯です。
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前回同様、著者はヴェネツィアにアパートを借り、ニューヨークと行ったり来たりしながら地域社会によそ者として溶け込み。しかし部外者としてあり続け、部外者の目から見た街のありようを記しています。

本自体は、著者が1996年1月有名なフェニーチェ劇場が火事によって焼失した3日後にヴェネツィアを訪れるところから始まり、2003年12月14日のフェニーチェ劇場再建後初のお披露目コンサートで幕を閉じています。しかしながら、その間8年間、著者がずっとヴェネツィアに住んでいたとも思えず。どの位の期間、実際に腰を据えて住んでいたかは明らかにされていません。
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しかしながら、知り合いのアメリカ人とイギリス人カップルの所有するアパートの地階に部屋を借りたり。有名な詩人と彼の愛人であるバイオリニストの住んでいた家を借りたりして、長期間にわたり取材を行いつつ、実際ヴェネツィアの生活を楽しんだことも本から感じられますし。そもそも著者がヴェネツィアを選んだ理由は、以前交換留学生としてイタリアに住んだ事があり、イタリア語が生活が困らない程度にはでき、ヴェネツィアが好きで何回も訪れていたからみたいなので、元々それなりの思い入れと造詣があったのでしょう。

加えて、著者の取材能力の高さなのか、コネクションの力なのか、はたまた他者に興味を抱き人の事を知ろうとする元々の気質なのか、様々な人と言葉を交わしてヴェネツィアに住むヴェネツィア人(イタリア人とは一線を画す)や外国人の在り方を魅力的に描いています。
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読めば読むほど、ヴェネツィアには住みたくない!という気持が湧くのです。行政は硬直し、官僚が縦割りで力を振るっていて何もかもががんじがらめで物事が一向に進まず、街は橋だらけでお年寄りに優しくなく、車が一切禁止されているので移動は全て高価なウォータータクシーに頼るしかなく、村根性が激しくてよそ者を廃し、ゴシップが大好きで、お金への執着が激しく、コネクションが強大な力を持ち、外面が良く、身内で血で血を洗う相続争いを繰り広げ…と、鬼の住む島のような描写が続きます。

その一方で、ヴェネツィアを愛して止まないヴェネツィア人たちが、ヴェネツィアに悪態をつきながら絶対にヴェネツィアを離れようとせず、ヴェネツィアを愛して止まない様も存分に描かれています。その愛が途轍もなく深いのです。
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ニューヨークに住んでつくづく感じるようになった事の1つに、街の魅力は便利さや清潔さ、暮らし易さ等に必ずしも比例しないということがあります。ニューヨークは、五月蠅いし、汚いし、色んな物事が理屈で説明できないし、不便だし、理不尽なことも沢山あるし、嫌な思いも五万とします。それは東京に住んでいたら感じない類の憤りや怒り、不便に満ち満ちた生活です。多くのニューヨーカーが、ニューヨークに悪態をつきますが、かといって絶対に離れようともしなかったりします。それが頻繁にニューヨークは人々にLOVEアンドHATEされると言われる所以なのだと思います。

本から受けた印象だと、ヴェネツィアも似たような街に感じます。何となく好きという類の過不足無い居心地の良い街ではなく、「ったくもー!!なんなんだよ?!」と怒り、罵り、悪態をつきながら、理不尽な魅力から離れられないというような。その欲望がむき出しにならずに霧や美しいアートや古の建築物や社交と切り離せない音楽に包まれて、細い路地や灯りの届かない陰に渦巻いて全貌を表さない、ミステリアスな掴みどころのない魅力に取りつかれてしまうというような。
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うわ、こんな街住みたくないなー、と思った傍から、いいなー、こんな街に暫くの間住んでみたいなぁと夢見ずにはいられませんでした。ドロドロした人間模様、フェニーチェ劇場の火災の真相、著名なガラス作家の生き様とその後、亡くなった詩人の遺産を巡る詐欺…色々な登場人物と事件と謎が出てきますが、最後にはヴェネツィアという街が強く印象に残りました。

浮世の憂さを暫し忘れて、心だけでも旅できる。難しくなくて手軽に楽しめるけれど、薄っぺらい内容ではない。とても楽しい読書体験でした。

2017年2月 9日 (木)

本『Sphinx』

薄曇りの水曜日のニューヨーク。今日は1日雲は出るものの概ね晴れの予報。最高気温は15℃と夜半から明日の朝に掛けて雪が降るのが信じられないような気温みたいです。こういう天気の時は体調を崩し易いので、気を付けたいと思います。

今朝もロングアイランド鉄道が、一部区間で運転を見合わせているお知らせが届いていました。以下に添付しますので、通勤・移動で利用される方は予め計画を見直しておいた方が良さそうです。
Notification issued on 2/8/17 at 5:11 AM. Due to a derailed non-passenger train, LIRR train service is suspended in both directions through Jamaica Station in Queens. NYC Transit is cross-honoring LIRR tickets at Penn Station, Jamaica Station and Atlantic Terminal. Consider alternate routes and allow for additional travel time. For more information, please visit www.mta.info.

ルイジアナでは、竜巻が起こりけが人が出ているほか、2,000世帯で停電しているとの事。竜巻は頻繁に起こる上に、避けようがなくて怖いです。電力が戻り、家屋が再建され、人々が早く立ち直れますように。
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さて、今回は去年読了した本『Sphinx』の感想です。
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Sphinx』は、フランス人の女性著者Anne Garréta氏の作品。発表されたのは1986年と随分前の著作ですが、英語に翻訳されてアメリカで出版されたのは2015年4月。

私がこの本を手に取ったきっかけは、フランス語で書かれた書籍を扱うお気に入りの本屋『Albertine』のブログで紹介されたから。女性作家の本4冊を紹介する内容のブログで、内2冊を購入して最初に読んだ本でした。
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フランス語で書かれた本が英語に翻訳された時の特徴なのか分かりませんが、この本はとても難しい単語が多用されていました(まぁ、私の英語力が足りないだけなのだとは思いますが)。1ページ読むのに、4,5回は辞書を引いた気がします。なので物語に入り込めないというデメリットはありました。

しかし、それを補ってあまりある魅力的な文体と画期的な試みを含む内容でした。久しぶりに物語そのものではなく、文体や文章の組み立てとかいう文学的な意味で大満足した1冊でした。
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物語は魅力的ではあるものの、インテリ層の若者が人生の指針を見失い、理屈ではない激しい恋に落ち、その恋が色褪せ、残酷な死によって唐突に相手を失い、さまよう様を淡々と客観的に描写しているという、どんでん返しも何もない、凄く目新しいというものではありませんでした。

ここからはネタバレになるので、この本を読む予定の方は読まないでください。この本は予備知識なく読み始めて、著者が自身に課している制限に自分で気付いた方が何倍も読書の楽しみが味わえると思いますので。
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この本を読む予定が無い方、読了した方に何がそんなに面白かったのか申し述べると。最後まで主人公とその恋人の性別が全く分からないんです。先ず、固有名詞が出てきません。主人公は『I』(私)ですし、恋人は『A****』としか表記されていません。その為、名前から性別を推察できず。

2人の描写も、『痩せて背が高い』とか、『上質の筋肉に覆われている』とか、『髪が短い』とか、『青白い顔をしている』とか、どちらの性別ともとれる記載しかなく。セックス等も細かい描写がないので、異性同士なのか同性同士なのかさえも分かりません。
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フランス語は、言語そのものが男女の別をはっきりとつける事でも有名。そのため、フランス語という言語そのものが女性蔑視等に繋がりやすいなどという批判もあると聞きます。その言語を使って描かれたにも関わらず、最後まで主要登場人物2人の性別が分からないのです。

フランス語のいくつかの動詞は、男性形と女性形が存在します。例えば行く(aller)の場合、彼は行ったであればIl est alléですが、彼女は行ったですとElle est allée。その為、性別が分かるような動詞の使用を徹底的に避けているため、『行く』ではなく『歩く』、『戻る』ではなく『職場に出勤する』等の言いかえが行われています。それが、辞書を沢山引かねばならない語彙の多さに繋がってもいます。
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結果として、本全体にミステリアスで硬質な、不思議な品の様なものをもたらしており、読むという行為を満喫しました。それと同時に、如何に自分が性別に縛られた物の捉え方や考え方をしているのかを再認識させられました。

本来であれば、教育の意味を見失い、将来に迷い、肉欲的な恋に落ち、日々の暮らしに没頭することで将来の不安を忘れる…というような悩みに性別は関係ない筈。にもかかわらず、絶えず男女の別を判断しようと脳みそが勝手に分析してしまう。それこそが、如何に自分が、そしてひいては社会全体が性別に拘泥しているのかを物語っていて。正にそこが、著者が挑戦状を叩きつけている社会の在り方なのだろうと感じました。
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考え方の癖は、継続的な教育と経験によってしか変えられず、変えることがとても難しいと聞きます。この本は、少なくとも自分を見つめなおすきっかけになると感じました。もっと広く世に知られているべき本のような気がします。

2016年6月 2日 (木)

本&映画『優雅なハリネズミ』

ワールドトレードセンターの上部が雲に隠れている木曜日のニューヨーク。今日は雲が出たり、晴れたりというような空模様のようですが、夜までは天気がもちそうです。午後8時過ぎから雲に覆われ、降水確率が15%になるのでもしかしたらパラパラっとくるかもしれません。最高気温は23℃と過ごし易い気温のようです。

今朝WWWを開いたら、トップページのグーグルの動画が素敵だったので思わず見入ってしまいました。本日の動画(Doodle)は、Lotte Reiniger氏というアニメーションのパイオニアおよび当該業界で女性の活躍の場を切り拓いたパイオニアの女性を称える為に作られた物との事。たまにグーグルの動画が素敵で楽しませてもらっています。

先週Irving Plazaというコンサート会場でラップコンサート中に発砲事件が発生して2人が亡くなった事態を受け、今週当該会場でのコンサートがいくつか中止になっているそうです。昨日はUCLAでも発砲事件があったそうですし、歯痒い思いで一杯です。銃規制に向けて何かできることはないのでしょうか。

暑くなりニューヨークを害虫が席巻する季節となりました。これから映画を見に行ったり、ホテルに泊まったりする際にはベッドバグ(トコジラミ)が居ない場所かを事前に調べたり、地下鉄等に乗った際には帰宅と同時に衣服を洗濯機に放り込んだり、購入した物を2日程冷凍庫で凍らせてから使ったりと気を付けなければなりません。こちらでホテルでのベッドバグの報告があったかどうかを調べることができますので、ホテル選びの際には参考にされると良いかもしれません。
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さて、今回は本および映画『優雅なハリネズミ』(英題:The Elegance of the Hedgehog、原題:L'Élégance du hérisson)の感想です。
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この本はフランス語の本を扱う本屋『Albertine』で著者であるミュリエル・バルベリ(Muriel Barbery)氏が新刊の出版を記念して行ったリーディングに参加したことをきっかけに手に取りました。少し前までこのリーディングの様子が動画サイトに紹介されていたのですが、もう見ることができなくなっています。

その時彼女の佇まいの好ましさ、知性に溢れている様が印象的で、また語られる内容も非常に興味深く彼女の著作を次々と手に取りました。この『優雅なハリネズミ』は2作目の作品で、この本がフランス本国で大ヒットして映画化までされたことにより、バルベリ氏は大学で哲学を教える教授職から退き、専業作家になったと仰っていました。
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本『至福の味』同様、『優雅なハリネズミ』にも沢山の難しい単語が出てきます。辞書を引き引き読まねばならず、只でさえ英語の本を読むには時間が掛るのに、この本を読むのには3週間を要しました。でも非常に面白く、読後感はすっきり。ただとても難しいので、全てを理解できませんでした。完璧に解ったと感じるには、哲学の知識や文化的素養が無さすぎました。こんな本を読むと古典を読んだり、古い映画を観たり、キチンと大学で一般教養を身に着けたりしなかった自分を反省します。

物語はパリの上流階級-中産階級が住む左岸にあるRue de Grenelle(グルネル通り?)7番地にある高級アパートが舞台(今ウィキペディアを見たら、当該住所の写真が載っていました)。そのアパートに住む政治家の娘である12歳のパロマ、そしてアパートの管理人として住み込んでいる未亡人ルネが主人公。その2人がアパートの住人が死去したことによりできた空き部屋に越してきたお金持ちの日本人ビジネスマンの小津氏と交流を持つことによって変わっていく様を描いています。因みに死去したアパートの住人とは、バルベリ氏の処女作『至福の味』で死の床で最後の晩餐に思いを馳せていた食の批評家という設定です。
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物語自体は主人公たちの日常を粛々と描いており、劇的な出来事は最後の最後まで起こらない静かな語り口です。でも自殺願望があるパロマの目を通した辛辣な大人社会の欺瞞、フランスの階級社会への批判は痛快であり、つくづく反省させられもして心を動かされますし。私自身小学校高学年から中学校までの思春期には世の中にも自分自身にも絶望して自殺願望があり、将来を憂いて周りの大人にイライラしてばかりいたので、パロマの日記の記述を読んでその頃の未熟な自分をありありと思い出しました。

ルネは貧しい農家の生まれ。美人でもなく、スタイルやファッションにも気を使わず。表向きは近所の貧しいけれど誠実な男性と結婚し、2人で金持ちが住むアパルトマンの管理人をしながら慎ましやかに暮らしてきた学も教養もない女性として暮らしています。が、その実文学を愛し、外国映画(殊に小津安二郎監督作品)を鑑賞し、哲学の本を愛読する、豊かな教養と内面を持った女性です。でも階級社会であるフランスで、ルネの様な下層階級に属する女性が教養をひけらかすと面倒が起ると、殊更に無学、無知、無関心、無教養を装っています。その事に気付いたパロマと小津氏がルネの内面を知ろうと動くことで、物語も動きます。
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ニューヨークで暮らしてつくづく実感したことの1つに、金持ちでも貧乏でも人として向き合うには関係がないということがあります。ボランティアをしているので、生まれてこの方一度も働いた事がなく、代々家族に伝わる遺産だけでアッパーイーストの豪華なアパートに何不自由なく暮らしていたり、1年の内の何か月かを海外で暮らしたりするお金持ちの方達と接したり。反対にホームレスの方達と接したりしますが、人間として向き合う分には全然関係ないんですよね。この本を読むと人として惹かれあい、友情を育んでゆく、階級も出自も文化的背景も歳も性別も全然違う3人を微笑ましく見守る気分になりました。急激に仲良くなる訳でもなく、最後まで遠慮と思慮深さが残る付き合いなのも好ましく。

またパリに関して全然知識がなかったので、切り取って見せられるパリの階級社会ぶりや富の固定化に驚きました。この本の中では(著者が親日家なので)それらの固定化された社会を少しだけ動かす役目を日本人男性が担っていますが、外界から何らかの要因がパリのがちがちに固まってしまった社会に入り込んで、少し現状を動かしたりかき混ぜたりすることを望む気持ちが中産階級、下層階級にあるのかも?と思わされます。そして実際に外的要因がプラスに作用することもあるのかもなーとも。昨今の移民問題とも絡めて色々考え込んでしまいました。
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でも勿論この本の主題はそんな社会批判みたいな所ではなく、人の心の柔らかい部分なのだと感じます。社会的地位、出自、服装や生まれ持った容姿。そんなものを取っ払って、内面を見つめて丸ごと向き合ってくれる人が居る。それだけで人がどれだけ心安らかになるのか、外から見たら全く変わらない毎日を送っているように見えても如何に豊かな生活が送れるか。そんな所を考えるのではなく、感じ取る所にこの本の真価はある気がしています。個人的には最後の方は、静かに涙を流しながら読みました。泣ける本=いい本という風潮は大嫌いなのですが、しかし。
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この本を読み終わって余韻に浸っている時に、たまたま図書館で映画化された『The Hedgehog (Le hérisson) 』のDVDを見つけて鑑賞しました。本が好きだと映画にはどうしてもがっかりしてしまいますが、この映画はパリを知らないばかりにちょっと想像がし難かった街並みや管理人の仕事、金持ちの住むアパルトマンなんかを見ることができてすっきりしましたし。物語も少し変えられていましたが、よく肝の部分を表現していたと感じました。まぁ、ちょっと小津さんとルネさんの仄かな恋心に焦点を当てすぎているのは、映画化にありがちな変更であまり好きではありませんでしたが…。でもパロマを演じている女の子がと~ってもキュートで心が溶けました。機会がありましたら、映画も併せてみると面白い気がします。

この本ですっかりミュリエル・バルベリ氏のファンになりました。これから彼女が本を出すたびに必ず手に取ると思います。

2016年5月17日 (火)

本『The Only Street in Paris』

朝からどんよりと曇った火曜日のニューヨーク。今日はずっと曇りの予報で、午後には小雨がぱらつく可能性もあるようです。最高気温は18℃。昨日みたいに動くと汗ばむような1日になりそうな気がします。温度調節ができて、小雨に対応できるような格好をした方が良さそうです。

先日作家さんのインタビューを読んでいたら、「ニューヨーカーにこんな事を言ったら絶対憤慨すると思うんだけど、今のニューヨークのベーグルは美味しくないよね。妻がカナダのモントリオールに暮らしてるんだけど、あそこのベーグルの方が美味しいんだよ。だから2週間に1回、妻がNYCに会いに来る時にはベーグルをまとめ買いして持ってきてもらっているんだ。」と言っていて、途端にモントリオールに行きたい熱が高まりました。モントリオールはケベックからバスで帰宅する途中で、バス停で1日並んでいた際に少しだけ散歩しただけなので、元々再訪したいとは思っていたのです。

味音痴の私が言っても信憑性が低いですが、確かに最近のニューヨークのベーグルは昔に比べてイマイチな気がしてなりません。もっちりした弾力が無くなってきてなんだかふわふわしていたり。粉の味がしなかったり。食べ終わった後に顎が疲れる感じがしないんですよね…。ふわふわしてるなんて、ベーグルじゃない!と思ってしまいます。

周りの人達も「ベーグルが美味しくなくなった!」と口を揃えて言っています。皆さん、「代々受け継がれている家族経営の店が無くなったからだ」、「水が不味くなったからだ」、「移民一世がやっている店がなくなったからだ」と様々な説を唱えていらっしゃいますが。本当のところはどうなのでしょう。

今はマーブル状に色んな色を練り込んだベーグルが流行っているらしいのですが、とうとうそれから派生したオレオベーグルが登場。なんでもチョコレートとプレインの生地がマーブル状になったベーグルに、オレオのクリームをサンド。それでは飽き足らず、本物のオレオクッキーをそのまま挟んであるそうです。健康志向もへったくれもありません。

ニューヨークは常に新しい食のトレンドを作り出していないと気が済まないんですね、多分。
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さて、今回は先月読了したアメリカ人ジャーナリストが書いたエッセイ本『The Only Street in Paris: Life on the Rue des Martyrs』の感想です。
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この本はたまたま本屋を訪れた際に目に留まりました。そして参加したリーディングで開会の挨拶をした方が少しだけこの本に触れていて、そんなに面白いのかと興味を持ちました。でもジャケ買いならぬ装丁買いに近いものがあります。Rue des Martyrsと思しき通りを映した写真がとても魅力的だったのです。

著者はニューヨークタイムズの支局長として活躍していた女性Elaine Sciolino氏。支局長就任の為に家族でパリに引っ越し、旦那様はフランスの法律事務所で弁護士として活躍。2人の娘さんは高校を卒業して大学進学する時点で其々アメリカに戻ったようです。
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最初は3年位の予定で支局長として洗練された7区のRue du Bac沿いに住み。でも旦那様がフランスの司法試験に合格。下の娘さんが高校を卒業するまではパリに居よう…と言っている内に、気付けば8年も住んで、フランス語も堪能になり、街にも慣れ。娘さん2人が大学に巣立った後もこのままパリに住もうかとなった折に、もう少し狭くて市井の人々と交われる場所に住みたいと考え始め。1年間新居を探し続けた後に住みついたのがRue des Martyrs(マルティール通り?)だったとの事。

マルティール通りは、昔ながらの個人経営の小売店が立ち並ぶショッピング通り。大通りを挟んだ坂の上はモンマルトルで多くの観光客が訪れる場所ですが、マルティール通りはどちらかというと地元の人達の為のお店が多いようで。著者にとってはパリで唯一パリらしいと思える面影を残している通りということです。
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本を読む限りでも2015年の初め迄で、有名な高級店がオープンしていたり、チェーン店である『Le Pain Quotidien』がオープンしたりと、ニューヨークでも大議論の的となっている高級化( gentrification)が現在進行形で着々と進んでいたので現在は人気の観光地となっているのかもしれませんが。

パリには景観保全のためか、市井の人々の生活を守る為か、はたまた文化を守る為かイマイチ判然としませんでしたが、お店の入れ替わりを制限する法律があるそうで。またマルティール通りがある第9区の区長さんが街の歴史保全に熱心な方で、個人経営の魚屋があった場所には魚屋をというように、通りを構成する店舗の種類を変えないよう努力されていたので、パリの他の区に比べるとまだ個人経営のお店が多い通りなのだそうです(ここ1年で激変していなければ)。
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そんな通りに魅せられて夫婦で物件を購入して住みついた元ジャーナリストの女性。この通りについての本を書こう!と決めたからか、それとも持ち前の好奇心旺盛な性格故かは不明ですが、通りの個人事業主さん達と喋る喋る。彼女曰く「毎日用事はなくとも立ち話をするのがこの通りの不文律、それがこの通りの習わし」という事らしいですが、それは大いに疑問な気がします。勿論挨拶位は顔を合せたらするとは思いますが。

この本には短いエッセイが沢山詰め込まれており、其々の章が個々の個人事業主を取材したお話になっており。1つ1つが野菜や果物、水銀を使った温度計の修理師や本、チーズ等を商う人達の人生を垣間見る内容です。
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読後の感想は、軽い読み物としてピッタリで面白かったという感じ。凄く熱心に薦める気にはなれませんし、内容の割には少し高かったかな?と感じたのも事実でしたが、読んで後悔はしませんでした。パリを訪れてみたいという気分になりましたし、パリに旅行をすることがあったらマルティール通りには足を運ぶと思いますし、思わず八百屋や魚屋等用が無い小売店にも注目してしまうでしょう。個々の章が短く読みやすいので、移動中に読むのに適していそうです。ビーチで寝そべって読むにもぴったり。

個人的に興味深かったのは、パリが移民の国であることが凄くよく解ること。知識としてパリには多種多様の移民がなだれ込んでおり、白人の街ではないと知ってはいても、パリに馴染みがない私のイメージはまだ白人さんがバゲットを街角のベーカリーに買いに行っている…みたいなままでした。でもこの本に登場する個人店主さん達は殆どが移民。フランスが宗主国だった元植民地の国から移民した人が多い印象でした(通りに一目ぼれしてチョコらティエを開いた日本人ご夫婦も登場しますが)。それらの人々の生活を読むことによって、ニューヨークのような雑多な人種が混じり合って生活する街の様子が少し感じられました。
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そして高級化が進むパリの様子を読むのも興味深かったです。友達や知り合いから、「ヨーロッパは何処も中産階級の若い夫婦が都市に物件を購入することができなくなっている。不動産価格が上がり過ぎ」、「書店が次々消えてゆく」、「高級店ばかりになって、庶民が買い物できるお店がどんどん減っている」、「シドニーでは物件が高すぎて買えないので、1時間も離れた場所を検討している」等と、世界各地で進むジェントリフィケーション(高級化)問題の話は聞いていたものの。こうやって刻々と個人事業主の店舗が潰れていく様を読むとニューヨークだけの問題ではないと実感できました。
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海外に住む一女性としても見習いたい部分があるとも感じました。お店の人達と積極的に会話したり、自分が共感できる取組に関わったり、必要以上に同化しようとせず自分の文化や考えを適宜共有していく姿勢とか。勿論ジャーナリストだからできたことも沢山あるはずですが、学ぶべき点もあるとも感じました。海外での暮らしに悩む女性は、気晴らし程度に読んでみるとちょっとしたヒントが見つかるかもしれません。

2016年5月 4日 (水)

本『至福の味』

高層階は重く垂れ込めた雲に隠れている水曜日のニューヨーク。今は一時的に雨が止んでいますが、午後2時位から降り始める予報です。その後はずっと雨。最高気温は12℃と昨日と変わらず涼しい1日となりそうです。
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昨日の大統領予備選でトランプ氏が勝利し、ライバルだったクルーズ氏が撤退を表明。夕方トランプタワー前を通ったらメディアの中継車が大集合し、トランプタワーの入り口前にはメディア用のテントが登場。大賑わいしていました。民主党側はヒラリー氏が敗北。指名者争いが長引いています。

スーパーマーケット『フェアウェイ』が倒産したそうです。経営を再建する方針なので、今のところ経営が変わったり、お店が閉店したりという事はなさそうですが、無くなってしまったら寂しいですね。私は近くに住んだ事がないので殆ど利用した事がありませんが、ボランティア仲間に熱烈なファンがいます。80年以上営業していたお店がなくなるのは、それだけでも寂しく感じてしまいます。なんとか持ち直してくれると嬉しいのですが。

昨日床に落ちた物を拾おうとしたら久し振りに腰を痛めてしまい。歩くのも寝返りを打つのもきつかったので、すわぎっくり腰かと慄いていましたが。今朝になったら随分楽になっていたので、ただ単に腰からお尻に掛けての軽い肉離れだったようです。ほぼ毎日体を動かしているのに、物を拾っただけで肉離れとか…。通常は歳を取ると良いことが多いな~と思っていますが、こういう時は歳をとるって嫌だなと感じてしまいます。今晩は夫が接待で夕食が不要との事で少しのんびりできそうなので、せいぜい養生します。
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さて、今回はミュリエル・バルベリ氏の著書『至福の味』(仏題:『Une Gourmandise』、英題:『Gourmet Rhapsody』)の感想です。
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今年の目標は月に1冊本を読むこと。冬はボランティアが然程忙しくなく、また学校の勉強もサボりまくっていたことから、今のところ目標を達成できています。月に1冊なんて…日本では沢山本を読んでいたのに。所詮英語は外国語ということでしょうか。読書に充てていた通勤が無くなった事も大きいですが。

フランス語の本を紹介するアルベルティン書店で開催されたミュリエル・バルベリ氏のリーディングイベントに参加して彼女に興味を持ち。その後彼女の著作だと気付いた、元々手元にあったバルベリ氏の処女作『至福の味』を2月に読みました。
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この本はボランティア仲間に薦められて古本屋で安価で販売されていた物を購入したまま手に取っていませんでした。薦めてくださったボランティア仲間の女性は、旦那様が映像作家で一緒にフランスにも住んでいた事があり。その際に食事に目覚め、ご自身で料理をする事にも外食にも力を注いでいる方でした。

ニューヨークに住む今も、パリに住むご友人のアパートに年の1/3は滞在していますし。5番街に住み夏の週末はハンプトンズにある別荘で時間を過ごす、私の持つ『ニューヨークの金持ち』という印象のままの生活をされている方で。話題のレストランやミュージカル、劇、本、なんでも知っているという感じの女性でした。
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その彼女の『至福の味』お薦めポイントは:日本にも住んでいたことがある女性で他文化の造詣が深いこと、食の表現が鮮明で芳醇あたかも自分も食べているかのように感じる素晴らしい描写、でした。「ただのグルメ本とは一線を画するでき」と太鼓判を押されたので、ではと購入したわけです。

とは言え、美味しい物を食べるのは大好きなもののグルメでも高級料理を食べつけているわけでもなく。味音痴で記憶力が極端に悪いので、自分が食べた物でさえよく覚えていない始末の私にとって食道楽は少し遠い存在。手に取ることなく本棚に鎮座していたわけです。
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でもバルベリ氏のトークを聞いていたら、彼女は食べることが大好きで感受性や表現力がとても豊かそうだけれど、高価な料理や希少な食材を食べ歩いて薀蓄を述べるタイプの人ではなさそうだと感じ。自然と彼女が考える美食家とは何なのかに興味が湧き、直ぐに本を手に取りました。

英語の翻訳で読んだわけですが、先ず最初の感想は「難しい」、これに尽きます。流れるような美しい文体なのですが、使われている単語が目にも耳にもしたことが無いような物が多く、前後の繋がりからも意味が取れない事が頻繁で。結果として久しぶりに辞書を引きまくる読書スタイルに。お蔭で本に没頭できないという悲しい結果に。辞書を引くと物語世界から一回出るので、どっぷりと本の世界に浸れないんですよね…。
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本は非常に短い章から成っており、そういう意味では細切れの合間時間に読書をする私の読書スタイルでも読みやすい本でした。バルベリ氏ご自身が教鞭を執りながら隙間時間に書いた本だと仰っていたので、必然的に忙しい人でも読みやすい章立てになったのでしょう。

ストーリーは、パリのお金持ちが住むアパートで高名な料理評論家が死の床で最後の晩餐に思いを巡らすという単純なもの。でも、社会的・経済的地位を確固とした料理研究家が本当に気を許せるのは飼い猫だけという寂しい境遇のまま死の床にあり。彼を心から愛する妻は途方に暮れ、(夫が生きている時からずっと孤独だったとはいえ)完全な孤独の影に怯え。死の床にある夫は、その妻を尊敬し美しいと思いながらも、従順な妻を疎ましくも思い他の女性と関係を持ち続けた過去を思って彼女を憐み。仕事ばかりで家庭をほったらかしにした代償として、子供達は死の床にある父に全く悲しみを抱か無いばかりか、いまだに父親を愛する母を疎み…という幾重にも重なる孤独が浮かび上がります。
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そんな中でも、食事にまつわるお話は読んでいて楽しく。あまりに鮮明に描写されているので、今まで自分がしてきた食事は何だったのかと反省したくらいでした。

話は逸れますが、私は江國香織氏と梨木果歩氏の本が大好きで、彼女達が新刊を出すと必ず手に取ります。そして江國さんの本を読んでいると香りや匂いの描写に。梨木さんの本を読んでいると自然の描写に心打たれることが多いです。それらを読んでいると、彼女達が日々をとても注意深く、丁寧に生きている様に感銘を受けてこんな風に生きたいと深く感じ入ります。
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バルベリ氏の『至福の味』を読むと、食事や日常生活、特に田舎の自然の描写が凄く豊かで。彼女が対象と真摯に向き合いながら、丁寧に色々な事を感じ・考えながら生きている姿が透けて見えるようでした。思わず自分の生き様を見つめなおしてしまう力がある本でした、私にとっては。

この本ですっかり彼女のファンになってしまい、3月には『優雅なハリネズミ』を読了しましたが、その感想は別の日に。現在は彼女の最新作を読んでいますし、既に新刊が出たら必ず手に取る作者リストに彼女は追加された感があります。こういう出会いがあるから、本屋巡りやリーディングを聞きに行く事は止められません。

2016年4月17日 (日)

ニューヨーク・ロースクールで台湾独立に関する法学的講義

今日も気持ち良く晴れている土曜日のニューヨーク。本日の最高気温は17℃。1日晴れて過ごし易い日になりそうです。

イーストサイドの30丁目にあるホームレスシェルターで男性が首を切りつけられて死亡しているのが発見されました。現在のところ犯人は逮捕されていないとの事。昔都市で起こる問題に焦点を絞ったカリキュラムで勉強した際に、路上で暮らすホームレスが後を絶たないのはホームレスシェルターの方が危険だからだと習い吃驚した事を思い出しました。女性がレイプされる事件も後を絶たないようですし、去年ニューヨークのシェルターが如何にゴキブリやネズミで汚染されているかを取り上げたドキュメンタリーが大きな波紋を呼んでいたばかり。これを機にシェルターの状態が改善されるよう祈るばかりです。何ができるんでしょうか…。

今朝見たらブルックリン植物園の八重桜はまだ開花していないようです。来週末でしょうか?
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さて、今回は昨日ニューヨーク・ロースクールで開講された無料講義についてです。
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ボランティア仲間に出産を機に仕事を辞めるまでニューヨーク・ロースクールで教鞭を執っていた女性がいます。彼女は旦那様が近年まで同大学院で教授だったこともあり、今でもロースクール時代の人達と仲良くしているようです。

昨日はご自身がイェール大学のロースクール時代から親しくしていた台湾出身の教授Lung-chu Chen氏が本を出版し、また同時に退職することを記念してシンポジウムが開催され。トピックが『国際法シンポジウム:国際法と政策におけるアメリカ‐台湾‐中国関係』だったことから、興味があるのでは?とボランティア仲間が誘ってくれました。
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ネットで申し込みをするだけで誰でも無料で参加可能だったので、申し込みをし。午前中から基調講義やランチがあったのですが、私達は午後の講義から参加。3時間講義を聞いてきました。

セッションは2部に分かれており、前半は台湾の行政府の成り立ちと将来の予想。後半はアメリカの台湾政策と将来の展望についてでした。国際法の権威たちが集って意見を述べ、最後に長めのQ&Aが設けられている構成でした。
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退職するLung-chu Chen氏は台湾独立を目指して長年尽力した運動家の側面も持っており。今回出版された著書『The U.S.-Taiwan-China Relationship in International Law and Policy』も、国際法的見地から見た台湾の主権国家としての正当性と従って国際社会が台湾の独立を認めるべきであるという主張を力説した内容のようです。

そのためセッションの内容も、台湾が主権国家として国際法的要件を満たしているか、独立を国際社会が認めるべきか、そして台湾が中国の承認を得ずに独立を宣言することの法学的見地から見た是非に集中していたように感じました(1人のパネリストが全然違う見地から意見を述べていらっしゃいましたが)。
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セッションを聞いた感想は『解らない!』に尽きました。面白かったので、誘ってくれたボランティア仲間達は皆前半のセッションで帰ってしまったにも関わらず後半のセッションに1人で残った位だったのですが。英語は解るのに、法学的・政治学的知識が足りないために議論の肝とか何が問題になっているのかとかが全然解っていないような気持ち悪さがずーっとありました。流石部屋に居たのは殆ど全てロースクールの学生さん、または卒業生です。議論の内容が難しい。

私は大学しか出ていませんし、専攻は政治学、副専攻は経済学だったので、法学は殆ど学んでいませんし。国際法をはじめ大学で学んだ事はすっかり忘れてしまったんだな、ということを昨日痛感しました。行政府と国の違いとか主権国家の要件とか、知っている体で全ての議論が進んでいくので、『あー、習ったな。なんだっけ?えーっと・・・』なんて思っている内に、議論は容赦なく進み。
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加えて全く未知の世界である、法学的見地の違いに基づいた議論展開だったのでお手上げ。『そもそもの前提を知らないよ!』と思いつつ、それでも部屋に居た人々と違う低俗な理解だったとしても色々勉強になって興味深い講義でした。今度ボランティア仲間に色々教えて貰おうと思います…といっても、何が解らなかったのかがよく解ってないのでどう質問したらいいかがそもそも分かりませんが…。勉強ってするものですね、本当に。

台湾問題はとても興味があるので、そういう意味でも講義に参加できて嬉しかったですが。そもそもたまには自分の無知さ、無学さ、努力の足りなさに打ちのめされるのも必要だよな、という意味でも参加できて良かったです。
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まぁ、幸か不幸かニューヨークに暮らしていると英語のできなさ、発音の悪さ、語彙数の少なさ、人生経験の浅さに度々打ちのめされますし。自分のコンフォートゾーンからえいやっ!と踏み出す場面が多いので、緊張したり落ち込んだりすることも多いですが、人間形成という意味では有難い環境で生活させて貰っていると思っていますが。

2016年4月15日 (金)

アルベルティン書店のイベントページ

金曜日の朝から雲一つない快晴で気分が良いスタートです。現在は8℃のようですが、夕方には16℃まで上がる予報です。

来週火曜日に投票が行われる予備選に向けて、昨晩ブルックリンで民主党の大統領候補者であるクリントン氏とサンダース氏がディベートをしました。今朝はその話題でもちきりです。ラジオを聞いてもディベートの話題ですし、フェイスブックもサンダース氏を応援するコメントで溢れています(私の親しくしている人達は民主党支持者が多い)。なんだか2009年の日本を見ているようで、私はどうにも気持ち悪いのですが…。

こちらでは全然ニュースにならないので、昨晩帰宅した夫に言われて初めて熊本地震について知りました。まだまだ余震が続いており1週間は予断を許さないとのこと。『東京防災』や被災経験のある方からの知恵がネット上でシェアされて助け合いが行われているのは心強い一方、ツイッターでデマが流れたりしているようですね。これ以上被害が広がらず、余震も治まるよう祈るばかりです。
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さて、今回はフランス語の書籍を扱う本屋『Albertine』で開催されるイベントを視聴できるサイトのご紹介です。
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以前この本屋で行われた著者のリーディングイベントに参加した時にこのブログに感想を書きましたが。先日アルベール・カミュのディスカッションシリーズが開催された際に、定員オーバーでイベントに参加することができませんでした。私は恥ずかしながらカミュの作品を読んだことがありません。でも、折に触れて彼の名言が引用されているのを目にするので興味を持っていたのです。

いきなり著作を読むよりも、著者のリーディングやディスカッションを聞いて感触を得た方が入りやすいかも…と思い、イベントに参加したかったのです。でも流石の人気のようで、定員一杯になっていました。
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残念に思いながら諦めきれずホームページを見ていたら、『ここでイベントの様子を生放送します』という文字に気付き。その日は家に居ながらイベントの一部始終を見ることができました。これならわざわざ足を運ばずとも、家で沢山のイベントを視聴することが可能です。

しかも過去のイベントも殆どアップロードされているので、見逃してしまったイベントを視聴することも可能。これから時間を作って色々な著者の話を聞いてみたいと思います。
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イベント当日に1台のカメラで撮影しているので、たまに画面を使って説明しているのに肝心の画面が映っていなかったり。質疑応答の音声が聞き取り難かったりしますが。ほぼ全てイベントの様子は記録されています。イベント参加者も写り込んでいるので、今後イベントに参加する際には気を付けよう…と思った次第です。

このシステムならば、日本に居てもニューヨークにおけるフランス語圏の文化に関わるイベントを視聴できます。お気に入りのフランス語を母国語とした作者が居たり、フランス語圏の文化に興味があったり、文学が好きな方は覗かれてはいかがでしょうか。
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Cultural Services of the French Embassyのイベントページはこちら

2016年2月26日 (金)

本『真夜中のサバナ』

どんよりと曇っている木曜日のニューヨーク。昨晩は激しい雷雨が長時間続きましたが、それで大気が入れ替わったのか今晩からは冷たい風が吹いて体感温度が寒くなるとラジオでは注意を促していました。明日は晴れて久しぶりの氷点下になりそうですので、ダウンコートを引っ張りだした方が良さそうです。

寒いこの時期はバケーションシーズンでもあり、フェイスブックに暑そうな場所で笑顔を振りまく人たちの写真がちょこちょこ登場します。ハワイで家族ポートレイトを撮っていたり、中米のジャングルと思しき場所で記念写真を撮っていたり、ヨーロッパのスキーリゾートに出掛ける写真だったり。夫はアメリカの決算と日本の決算、どちらも対応しなければならないので今は忙しい時期。週末も出社したりしてぐったりしていますが、あと2週間すれば我々も短いバケーションに出掛けられます。

今朝は朝一番で用事があったので片道45分程かけて歩いたのですが。帰り道に先ずナイフで切りつけられて血だらけになって警察官に救急車を呼んでもらっている男性に遭遇し(歩道が血痕だらけ…)。うわぁ~っとなって帰宅を急いでいたら、信号待ちをしている時に目の前で自転車の男性がタクシーに撥ねられて吹っ飛ぶところをバッチリ目撃してしまい。何て日だ…とぐったり帰宅しました。幸い男性は直ぐ立ち上がってびっこを引きながらもご自身で警察に連絡されていたので、大事には至らなかったようですが。

お蔭で帰り道で済ます筈だった用事をすっかり忘れてしまい、もう一度出掛けなければならない事にがっかりです。ニューヨークは、事故や事件が日常茶飯事で時々疲れてしまいます。
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さて、今回は先日読み終わった本『真夜中のサバナ』(原題:Midnight in the Garden of Good and Evil)の感想です。
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この本を見つけたのは偶々でした。先ほど記載した来月訪れるバケーション先がジョージア州サバンナ(Savannah, GA)で、それに先駆けてサバンナのガイドブックを探していました。旅行する際にはただ訪れるよりもその土地について読んでから出掛けた方が楽しいと思っているので、なるべくガイドブックを手に入れて歴史や文化について軽くでも読むようにしているのです。

その際にガイドブックとして紹介されていたのがこの小説でした。なんで小説が?と思って説明を読んでみると、この本はノンフィクションであり、サバンナの街の成り立ち、住む人たちの気質、どうやって街が息吹を吹き返したのかという今日の観光地の成り立ち、そしてこの小説こそがサバンナに多くの人が訪れるきっかけとなったベストセラーで映画化までされた物だという事が判明。興味を惹かれて購入しました。
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この小説が発表されたのは1994年。著者のジョン・ベレント氏はニューヨークに住み、雑誌『ニューヨーク』の編集者をしており。ニューヨークに20年住んで少し倦んできていた時期でもあり、ニューヨークの物価が上がった一方で航空運賃が下がり続けていた時期でもあり。ある日「あの有名レストランで食事をする同じ金額で週末アメリカ国内の小旅行に出掛ける航空券が買えるな」とふと思い立ち。それから友達を誘っては週末の小旅行に出掛けるようになりました。

ある時、友達とサウスカロライナ州チャールストンを旅行したついでに、車で約3時間弱の所にあるジョージア州サバンナを1人で訪れました。サバンナに親戚がいたので、ついでに会おうと思い立った訳です。
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そこで親戚の女性にボナベンチャー墓地に案内され。そこで彼女が持参したカクテルを飲みながら、この街に住んだ著名人の物語に耳を傾け。最後にずっと座っていたベンチだと思っていたのが、話に出ていた著名人のお墓で。彼がその墓地を訪れる人々にも自分がしたように川を行き交うボートを眺めて欲しいと希望して作らせたベンチ型の墓石だと気付いて慌てて立ち上がってから。サバンナの街に強く惹かれ、サバンナに長期滞在して本を書くことを決めます。

著者はニューヨークのアパートもそのまま維持しながら、サバンナにもアパートを借り。6年もの間、ニューヨークとサバンナを行ったり来たりしながら、取材を続け。サバンナの街に『ヤンキー』と呼ばれながらも溶け込み、街の人々と交流を深めながらも部外者の目を失わず、街の様子や人々の考え方、四季折々の行事や起こった事件の顛末等を386ページに亘って記しています。
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読後の感想は、兎に角面白かった!というもの。久しぶりに面白すぎて本を置くのが辛い位読書にのめり込みました。とは言え私は読むのが遅いので、2週間程かかりましたが、かなりのボリュームの本ですので、私にしては英語の本としては非常に速い方です。

本の紹介を読むと実際に起こった殺害事件とその裁判の顛末について書かれているように感じられるかもしれませんが、そして実際にその事件はこの本の中心を成していますが、決してそれだけの本ではありません。サバンナという街の閉鎖的で、懐古主義的、井の中の蛙的メンタリティーや、倦んだ南部文化の象徴のような文化、そしてそれらが生み出す不思議なオアシスのような幸福感なんかがよく描写されています。
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この本がベストセラーの記録を塗り替えたというのも、この本(とその映画)がサバンナを一大観光都市に押し上げたというのも頷けます。確かにこの本を読んだら、実際にサバンナを訪れて美しい広場が2ブロックごとにある大きな庭のような街を実際に歩いて、生きている人達が頻繁に訪れる墓地を訪れ、昼間から美味しいカクテルに舌鼓を打ってみたいと思わされます。

個人的にはカポーティの『冷血』が大好きなので、実際に起こった殺人事件(裁判の結果殺人とは認められなかった為、この呼び名は相応しくありませんが…なんて呼んだら良いのか解りません)を追っているルポタージュとしても興味深く読みました。そしてつくづく陪審員裁判の怖さを思い知りました。陪審員裁判でだけは裁かれたくない…。
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元はといえば、複数の友人に「あなた達ならサバンナがとても気に入ると思うよ」、「今まで食べてきた中でも5本の指に入る美味しい朝食を食べた」、「ご飯は美味しいし、文化は豊かだし、街は美しいし、訪れるべきだよ」と勧められたから旅行先に選んだだけだったのですが。

今はこの本に登場した場所やお屋敷を見るのを心待ちにしています。ただ、本の中でサバンナの人々が口を揃えて観光客を毛嫌いしている様を散々読み、しかもとってもフレンドリーに接している人の悪口も平気で口にする事が日常的に行われているのも読んでしまったので、ちょっと複雑な気分に陥りそうですが…。

2016年2月 4日 (木)

児童書『詩のすきなコウモリの話』

重い雲に覆われている木曜日のニューヨーク。とは言え、雨は降らない予報ですので、昨日の土砂降りの様にはならないようで一安心。最高気温は本日も13℃と、なんだか気持ち悪い位暖かい日が続きますね。昨日はとうとうコートが要らず。長袖2枚に雨合羽を羽織っただけで出掛けたら、朝は風が強くて寒く感じましたが午後には丁度良い気温でした。過ごし易くて有難い反面、なんだか不気味に感じてしまいます。環境問題についてよく耳にするのも、この暖かさと無関係ではないのでしょう。

今晩はニューヨーク市長であるデブラシオ氏が、今までの成果を振り返り今後の運営について計画を述べる『State of the City address』スピーチです。その中でブルックリンとクイーンズのウォーターフロントを繋ぐ路面電車を建造する計画が発表されるとの事。イーストリバー沿いにアストリアからレッドフックまでを繋ぐそうです。私はマンハッタンに住んでいるのでピンと来ないのですが、需要があるのでしょうか?ブルックリンが全米で一番家賃が高い都市に認定されていましたし、ブルックリンはマンハッタンから独立した都市圏を形成しつつあるのでしょうが、どのような目的で建造されるのかが気になる所です。

今年に入ってから地下鉄で起きたナイフによる傷害事件が10件になったようです。が、デブラシオ市長は「全て個別に起きている事件で、報道によって模倣犯が現れている訳ではない」と発表したそうです。今朝のラジオでは、地下鉄が必要以上に混み合っているために通勤を苦痛に感じてイライラしている人が増えているのだろう、という見解が述べられていました。

首都圏で通勤していた身からすれば「こんなの混んでる内に入らないよ!」と言いたくなる訳ですが、人の感じる苦痛は比較できないものですからねぇ。イライラしたからって、人をナイフで傷付けて良い訳ないですし。

事件の数が10件に増えているのは、人に切りつけるのではなくバックパック等を知らない内に切りつけられていた事案も含めているからのよう。バックパックはすりにも遭いやすいですし、使用する場合には人混みではお腹側で抱えるのが鉄則だと改めて認識した報道でした。
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さて、今回はボランティア仲間に借りた児童書『詩のすきなコウモリの話』(THE BAT-POET)の感想です。
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『THE BAT-POET』の著者ランダル・ジャレル(Randall Jarrell)氏は、1965年まで活躍した詩人、文芸評論家、文筆家。第11代の議会図書館詩文顧問(Consultant in Poetry、現在の議会図書館桂冠詩人制度の前身)を務め、活躍された方とのこと。

以前ボランティア仲間と立ち話をしていた際にこの本の話が出て。私がきっと気に入るであろうという事で、彼女が所有する本を貸してくださったのです。借りたのは12月でしたが大掃除や学校、旅行の準備でバタバタとしており。年が明けてからゆっくりと楽しみました。
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私がお借りした本は、小さくて手作りのように紙で綴じてある慎ましやかな装丁。児童書だけありとても短かったので、じっくり読んでも1日で読み終わりました。

ストーリーもとてもシンプル。家の軒先で仲間と一緒に逆さに吊ら下がって日々を過ごしていたコウモリが。冬になると毎年決まって納屋に移動する仲間達にふと疑問を感じ、一緒に納屋に行かずに軒下で一羽で日々を過ごします。
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そして夜自分の周りで起きることをつぶさに観察し。この世は面白い音や物事で溢れている事に気付き、昼間の世界に興味を持ちます。そして目が痛くて堪らないので軒下の暗がりから薄目を開けて昼間の世界も観察し、目をつぶったまま鳥の声に熱心に耳を傾けます。

そうしていたらマネシツグミ(mockingbird)が美しい詩を諳んじていることに気付き、自分も詩を作り始めます。そして詩は世界を映す鏡の様なものだから、自分自身の事を知ることができて謳われたら嬉しいだろうから、誰かの為に詩を作りたいと願い。
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マネシツグミに教えを乞うて詩の基礎を学び。チップモンク君など、周りの仲間達を詩に謳ってプレゼントしていき。最後は納屋で眠る仲間のコウモリ達と一緒に眠りにつく、という話。可愛らしいお話です。

子供向けの詩集はよく見ますが、この本は詩は何たるかであるとか、詩の基本的な書き方とか説明しているのが先ず優れていると感じました。併せてコウモリ君が手探りで詩を作っていくことによって、どのようにしたら詩が書けるのかも追体験できます。子供さんが詩に興味を持つきっかけになるかもしれない本だと感じました。少なくとも気障だなんだと敬遠はしないのでは。
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またコウモリ君が、仲間と別の場所に暮らして自分の興味を追いながらも、自分に理解を示してくれない仲間達と決別することはない姿勢が良い模範になりそうです。自分の意志と興味は持ち、理解されないことにも滅気たり恨んだりせず、我が道を行きながらも意思の疎通を図る努力は怠らず、独立しつつも孤立はしない。必要以上に他人に合わせたりせず、でも協調性は失わない姿勢を子供に示すのにうってつけ。

上手く擬人化されているので人間社会に置き換えて楽しく読めますが、其々の動物・鳥の特性もきれいに残されているのも好感が持て。お子さんは其々の生き物の生態を想像して楽しむこともできます。
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読み終わって大変満足した、とても好きな児童書でした。ペン画のような繊細なイラストも非常に素敵でした。